保険が使える漢方診療・漢方治療 証クリニック 東京吉祥寺・東京千代田区神田(漢方内科・内科・神経内科・漢方消化器内科)

証クリニック 東京 吉祥寺 0422-21-7701
証クリニック 東京 千代田区 御茶ノ水(お茶の水) 神田 03-3292-7701
文字サイズ文字サイズ:小文字サイズ:中文字サイズ:大
サイトマップ
リンク
トップ > こんな症状にこそ漢方を! > 過敏性腸症候群

過敏性腸症候群(IBS)と漢方(下痢・便秘・腹痛などでお困りの方に)

過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome;IBS)とは

急にお腹が痛くなってトイレに駆け込んだりすることが、たびたびありませんか?
下痢や便秘を繰り返していませんか?
このような慢性的に腹痛・不快感・便秘や下痢など便通の異常を来たすもので、潰瘍や炎症などの器質的疾患がなく大腸を中心とする腸の機能の異常が原因と考えられるものを、過敏性腸症候群(IBS)と言います。

少し詳しいお話になりますが、この過敏性腸症候群(過敏性腸症)は、2006年5月の米国消化器病週間で発表されたRome III分類に、機能性胃腸障害(Functional gastrointestinal disorder)の一つとしてまとめられています。そしてその中で、機能性胃腸症(Functional dyspepsia)とともに、機能性腸障害(Functional bowel disorders)の中の一型として、この過敏性腸症候群(IBS)があります(表1)。

表1 機能性胃腸障害(Rome III分類より)
C 機能性腸障害(Functional bowel disorders)
C1 過敏性腸症候群(Irritable bowel syndrome)
C2 機能性腹部膨満(Functional bloating)
C3 機能性便秘症(Functional constipation)
C4 機能性下痢症(Functional diarrhea)
C5 その他の機能性腸障害(Unspecified functional bowel disorder)
表2 C1過敏性腸症候群(IBS)の診断基準(Rome III criteriaによる)
1ヶ月に3日以上腹痛か、腹部不快症状の繰り返す状態が3ヶ月以上継続し、 下記の2項目以上を満たしていること
1 排便による症状の改善
2 排便の頻度の変化に伴い出現した症状
3 便の性状と形状の変化の伴い出現した症状

このRome III診断基準(表2)によれば、6ヶ月以上前から症状があって過去3ヶ月間は、月に3日以上にわたって腹痛や腹部不快感が繰り返し起こり排便によって症状が軽減すること、症状に際して排便頻度が変化することや便の形の変化があることに該当すると、過敏性腸症(IBS)ということになります。(この診断基準からすると、排便状況と無関係にいつもお腹が張ったりゴロゴロ鳴ったりシクシク痛むなどという場合は、過敏性腸症候群(IBS)とは異なります。)“便が出たら楽になる”というところがポイントで、かつそのつど便がゆるかったり硬かったりという状態を伴います。

なお便の硬さについてはブリストル便形状スケール(表3)でコロコロの兎糞状から水様まで7段階で表現されます。そして排便状況によって便秘型・下痢型・混合型に分類されています(表4)。つまり硬くてコロコロの兎糞状がほとんどの場合が便秘型、ふにゃふにゃ・泥状・水様が多い場合が下痢型、硬かったりゆるかったりするのが混合型です。男性は下痢型、女性には便秘型が多く、20-40代が多いという特徴があります。

表3 ブリストル便形状スケール
タイプ 形状
1 硬くてコロコロの兎糞状の排便困難な便
2 ソーセージ状であるが硬い便
3 表面にひび割れのあるソーセージ状の便
4 表面がなめらかで柔らかいソーセージ状、あるいは蛇のようなとぐろを巻く便
5 はっきりとした皺のある柔らかい半分固形の容易に排便できる便
6 境界がほぐれて、ふにゃふにゃの不定形の小片便、泥状便
7 水様で、固形物を含まない液体状の便
表4 排便状況による機能性腸症候群(IBS)の分類
1 便秘型過敏性腸症候群
  硬便または兎糞状(ブリストル便形状スケール1-2)が25%以上あり、軟便または水様便(同 6-7)が25%未満のもの
2 下痢型過敏性腸症候群
  軟便または水様便(同 6-7)が25%以上あり、硬便または兎糞状(同 1-2)が25%未満のもの
3 混合型過敏性腸症候群
  硬便または兎糞状(同 1-2)が25%以上あり、軟便または水様便(同 6-7)も25%以上のもの
4 分類不能型過敏性腸症候群
  便性状異常の基準が上記のいずれも満たさないもの

診断の上で見極めが必要なのは、下痢型では潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患・乳糖不耐症・甲状腺機能亢進症、便秘型では甲状腺機能低下症や単純性便秘など。大人でも乳製品でお腹を壊しやすい人は、乳糖不耐症の可能性があります。ゴロゴロしたり張ったり下痢したりという方で、乳製品を控えてもらったところ症状が改善されたこともありますので気をつけましょう。(*乳糖不耐症の方が後述する漢方治療を受けられる場合も、エキス製剤に乳糖が賦形剤として使用されていることがあるため注意が必要です。)

過敏性腸症候群の原因と治療

過敏性腸症(IBS)では、腸の蠕動が強くなっていること、腸の内圧が高くなっていること、そして内圧が高いときに痛みを感じやすくなっていること(腸管知覚異常)などが言われていますが、その原因は明らかではありません。また発症時には何らかのストレス下にあることが多いことや、不安感・抑うつ感などの精神症状も伴うこともあり、心理的要因も大きく関与していると考えられています。

過敏性腸症候群(IBS)の治療は、原因がはっきりしないこともあり、残念ながら決定的なものはありません。養生を心がけること、症状を改善させるお薬を使いながらうまく付き合ってゆくこと、いつか治ると楽観的に考えてくよくよせず、症状にとらわれないことが大切です。その上で、薬物療法を検討し、必要があれば心理療法(カウンセラーとの連携)も考慮することがあります。

まずは養生です。過労・ストレスを避けることと十分な睡眠・規則正しい食習慣が必要です。緊張状態は胃腸の蠕動を低下させる原因になります。また食事内容としては便秘型の人には、食物線維が有効です(詳しくは便秘の頁へ)。

生活習慣の改善にも関わらず症状が強い場合には、現代医学的には薬物治療として抗コリン薬(ブスコパン)・消化管運動調整薬(セレキノン)・緩下薬(カマ)・整腸薬(ラックビー)などが選択され、そのいくつかが併用されます。たとえば下痢型では、腸の蠕動を抑えて腹痛を改善する抗コリン薬と整腸薬を、便秘型では抗コリン薬と緩下薬を併用されることがあります(便秘型では痙攣性便秘であるため刺激性下剤(プルゼニド・アローゼン)の使用は慎重に考えます)。混合型では、消化管運動調整薬や、吸水性を持つ高分子重合体のポリカルボフィル(コロネル)が有効です。このポリカルボフィルは、硬い便は水を吸ってふくらんでスムーズにして腸の蠕動を促し、ゆるい便は硬めに調節するため、下痢型・便秘型のいずれにも用いられます。また昨年(2008年)にはラモセトロン塩酸塩錠(イリボー)という新薬が認可されました。腸の神経組織にあるセロトニンの作用を抑えることで、下痢を鎮め腹痛を和らげる作用があり効果が早くから現れるとのことです。臨床試験で男性のみで効果がみられたことから、現在のところ残念ながら女性には適応はありません。そして新薬で慎重に考えるべきは、今後の長期的な使用で明らかになる副作用のリスクも頭の片隅に置いておく必要がありましょう。

ストレスの関与や精神的要因として不安・緊張状態の強い場合には、抗不安薬(ソラナックス)や抗うつ薬(ドグマチール・トリプタノール)なども使われることがあります。ただし依存性の問題と副作用のリスクを考えると、これらは第一選択にはなりません。

このような現代医学的治療は、症状を抑えることで精神的にも機能的にも安定し、薬からの離脱をはかることが目標です。お薬とのお付き合いは“対症療法”とタカをくくらず、症状の改善と日常を積み重ねていけることに目を向け、根気よく養生を心がけるとともに、安定を待ちましょう。

しかしながら現実的には、ストレスの影響もあってか、症状や薬と長く付き合うことになってしまうことも多い現状も鑑みると、私ども漢方医の立場からは、胃腸の“機能”を整えるのは後述するように、心身の状態を総合的に捉える漢方治療がお勧めです。

過敏性腸症候群の漢方治療

過敏性腸症(IBS)に、漢方薬では“建中湯類”がよく用いられます。この“建中湯”の“中”とは、体の真ん中、つまり“お腹”のことで、その名の通り「お腹を整える」処方です。建中湯の成り立ちは、桂枝湯(桂皮・芍薬・生姜・大棗・甘草)という鼻風邪のお薬に“芍薬”を増量した処方「桂枝加芍薬湯」がベースになっています。芍薬には筋肉の緊張を和らげる効果と自然な腸の動きを取り戻す作用とがあって、便秘と下痢のいずれにもよく使われます。この桂枝加芍薬湯は、腹部膨満・しぶり腹・腹痛のお薬で、過敏性腸症候群(IBS)の症状にあっています。桂枝加芍薬湯に膠飴(アメ)が加わりますと小建中湯という処方になり、疲労倦怠・腹痛・冷えに処方されます。この小建中湯にさらに“黄耆”が加わると黄耆建中湯、“当帰”が加わると当帰建中湯となります。黄耆建中湯は虚弱体質の改善や寝汗、当帰建中湯は月経痛や下腹痛の処方です。これらをまとめて建中湯類と言います。特に当帰建中湯では“当帰”に便通をスムーズにする作用があることや婦人病にも有効なことが特徴です。いずれの処方も腹痛に効果のある桂枝加芍薬湯からのバリエーションで、過敏性腸症候群(IBS)に応用できます。

また大建中湯という処方にも“建中湯”の名があり、やはりこれもお腹を整える処方です。乾姜・人参・山椒・膠飴の4つの生薬で構成され、これまでの桂枝加芍薬湯の流れとは成り立ちが異なりますが、腸の動きが悪いときのお薬で、これも便秘にも下痢にも使うことがあります。冷えから来る痛みで、お腹の状態として皮膚の下に腸をもこもこと触れるような方に、処方されます。(腹部の外科手術後の腸閉塞の治療・予防にも使われる有名な処方です。)

漢方では、腹部症状や便の形状や腹部の診察はもちろんのこと、疲れやすさ・冷えの具合・汗や皮膚の状態・月経関連の兆候など、一見、腸と関係なさそうな情報も参考にしながら、処方を選んでゆきます。そして建中湯類に限らず、ストレスの関与や緊張状態の強い時には柴胡剤(柴胡という生薬を含む処方群)を用いたり、冷えを改善するさらに多くの処方を用いるなど、ひとりひとりの状態を見極めて処方しています。過敏性腸症候群(IBS)に影響していると考えられる他の兆候(不眠・冷え・月経困難など)に対応することも、腹部症状の改善につながることがあると考えています。

過敏性腸症候群(IBS)の治療はまずは養生、そして日常生活を支えるために漢方治療がお役に立てることと思います。