月経前症候群(PMS)・月経前不快気分障害(PMDD)とは
月経前症候群(PMS; premenstrual syndrome)には、身体症状(腹部緊満感・肩こり・頭痛・むくみ・体重増加・便秘・乳房緊満感など)と、精神症状(イライラ・怒りやすい・無気力・集中力低下など)があります。
月経関連の軽い不調は誰にでも起こり得ますが、PMSの場合は、排卵期以降から月経直前にかけてほぼ毎回、心身のつらい不調を生じます。中には、中程度以上の抑うつや不安、極端なイライラや情緒不安定、日常生活に支障が出るほどの集中力低下を抱える方がいます。そういう重症型の PMS を月経前不快気分障害(PMDD; premenstrual dysphoric disorder)と呼びます。PMDDは、月経がある女性の約 5%程度に生じるといわれ、意外に多い疾患です。
PMDDの認知度は低く、情報が少ないため、症状を抱えたまま悩んでおられる方が多いのが実情です。極度のイライラ・落ち込み・過食・不眠などのため、月経前には学校や仕事を休まねばならなかったり、人と会う予定を中止せざるを得ない方もいらっしゃいます。
PMS・PMDDの治療(西洋医学と漢方の比較)
理想的な月経は、何の予兆や不快症状も無く始まり、経血はさらさらした鮮血で下腹痛も頭痛も腰痛もだるさも無く、5~7日間で終えるものです。つまり、漢方では「月経周期に伴ってつらい症状が現れる」ことじたい、「血の異常」があるととらえます。
「血」※1(漢方において「血」とは血液じたいを意味せず、肌や髪のうるおい・潤滑液・栄養分などを指す)をしっかりと増やし、「血」のめぐりを改善する漢方薬を用います。「血」が不足がちな女性は、普段から疲れやすかったり、胃もたれ・便秘/下痢などの胃腸の不調を生じやすい傾向があります。イライラは「気逆(気が上へ衝きあがる)」、気分の落ち込みは「気鬱(気がうまくめぐらない)」ととらえ、それらの精神面についても漢方で対応してゆきます。
PMS・PMDDに対する漢方治療においては、「血の異常」を改善する漢方薬と「気逆」「気鬱」を改善する漢方薬の両方を、うまく組み合わせて使うことが大切なのです。効果がみられるまで週~月単位の時間を要することが多いですが、心身のバランスを総合的に整えてゆくのが特徴です。
当院では、保険が効く漢方煎じ薬を個々の体質に合わせてきめ細かに調整し、月経に伴う心身の不調全般を改善してゆきます。ご希望に合わせて、漢方エキス剤(通常の粉薬、保険適用)の処方も行っています。
西洋医学では、身体症状に対しては低用量ピルあるいはミニピルによる治療が一般的です。ピルは、生理痛や生理不順、にきびに対して劇的な効果を示す一方、不正出血・頭痛・イライラ・吐き気・眠気・浮腫(体重増加)・髪が細くなる などの副作用を生じたり、血栓症・高コレステロール血症・血圧上昇を生じるリスクがあります。そのため、前兆のある片頭痛をお持ちの方・すでに高脂血症・高血圧・肥満症をお持ちの方は、ピルが禁忌となっています。
妊娠を希望される際には、ピルを中止しなければなりません。漢方における「血の異常」(前述)は、ピルによって改善しないばかりか悪化する場合もあるため、ピルを長期服用後に漢方で月経を整えてゆくにはそれなりの期間を要します。
精神的な不調に対しては、ピルはあまり有効でない~むしろマイナスに働く場合があることが知られています。西洋医学においては、精神症状が主体のPMDDに対してはSSRI(抗うつ薬の一種)などによる治療が推奨され、精神科専門医による薬剤調整が必要です。抗うつ薬により、吐き気・眠気・体重増加などの副作用を生じたり、突然服薬を中止すると離脱症状が起こる可能性があります。
※1 たくさん水分を摂っても、肌の乾燥や髪のパサつきは治りませんよね? それは、水分ではなく「血(の成分に似た潤いや栄養分)」が不足しているから、と漢方では考えるのです。同様に、「血の出過ぎ(過多月経)」も「血の出なさ過ぎ(過少月経や無月経)」も、月経期のみならず排卵期の異常(排卵出血や排卵痛)も全て、「血の異常(コントロール不良)」ととらえます。
参考資料:アメリカ精神医学会によるPMDD診断基準(DSM-5)
A. ほとんどの月経周期において、月経開始前最終週に少なくとも5つの症状が認められ、月経開始数日以内に軽快し始め月経終了後の週には最小限になるか消失する。
B. A. 以下の症状のうち1つまたはそれ以上が存在する。
(1) 著しい感情の不安定性(例:気分変動;突然悲しくなる、または涙もろくなる、または拒絶に対する敏感さの亢進)
(2) 著しいいらだたしさ、怒り、易怒性、または対人関係の摩擦の増加
(3) 著しい抑うつ気分、絶望感、自己批判的思考
著しい不安、緊張、および/または“高まっている”とか“いらだっている”という感覚
C. A. さらに、以下の症状のうち1つ(またはそれ以上)が存在し、上記基準Bの症状と合わせると、症状は5つ以上になる。
(1) 通常の活動(例:仕事、学校、友人、趣味)における興味の減退
(2) 集中困難の自覚
(3) 倦怠感、易疲労性、または気力の著しい欠如
(4) 食欲の著しい変化、過食、または特定の食物への渇望
(5) 過眠または不眠
(6) 圧倒される、または制御不能という感じ
(7) ほかの身体症状、例えば、乳房の圧痛または腫脹、関節痛または筋肉痛、“膨らんでいる”感覚、体重増加
注:基準A~Cの症状は、先行する1年間のほとんどの月経周期で満たされていなければならない。
D. 症状は、臨床的に意味のある苦痛をもたらしたり、仕事、学校、通常の社会的活動または他者との関係を妨げたりする(例:社会活動の回避;仕事、学校または家庭における生産性や効率の低下)。
E. この障害は、他の障害、例えばうつ病、パニック症、持続性抑うつ障害(気分変調症)、またはパーソナリティ障害の単なる症状の増悪ではない(これらの障害はいずれも併存する可能性はあるが)。
F. 基準Aは、2回以上の症状周期にわたり、前方視的に行われる毎日の評定により確認される(注:診断は、この確認に先立ち、暫定的に下されてもよい)。
出典:日本精神神経学会(日本語版用語監修)、高橋三郎・大野裕(監訳):DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル、医学書院、2014
文責:岡本英輝
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